金融機関との交渉(私的整理)の手法について
経営状況が悪化した場合,金融機関に対して交渉を行い借入金の負担を軽減することが可能な場合があります。
このように,金融機関との任意の交渉によって企業の借入金の負担の軽減を図る手法を私的整理と呼びます。
1、リスケジュールについて
私的整理の手法としてリスケジュールというものがあります。
リスケジュール(reschedule)とは一般には,計画や予定を変更するという意味ですが,金融機関との交渉の場においては返済の期限や条件を変更することを意味します。リスケジュールは「リスケ」とも呼ばれます。
特に,キャッシュ・フローよりも,金融機関への債務の返済額の方が大きい場合にはリスケジュールの申し込みを検討しなければなりません。
このような場合には,債務の返済のために新たな貸し付けを受けると,結果的に債務が多重・多額になり,倒産のリスクが増大すると考えられるからです。
金融庁の「金融機関における貸付条件の変更等の状況について」は,債務者が中小企業者である場合,平成30年4月から平成31年3月末までの間で740,452件のリスケジュールの申し込みがなされていると公表しています。
リスケジュールは,一般的に,①事業計画書及び資金繰り表の作成といった資料作成,②銀行交渉,③リスケジュールの実行といった手順を踏むことになります。
(1)暫定型リスケジュール
リスケジュールには,返済の期日を変更する暫定的リスケジュールと呼ばれるものが存在します。
(2)恒久型リスケジュール
リスケジュールには,返済額も変更する恒久型リスケジュールと呼ばれるものが存在します。
(3)リスケジュールの債務者のメリット
リスケジュールのメリットとして,返済の期限や条件を変更することにより,資金運営に余裕を持つことができるという点が認められます。
本来返済するべき金額について猶予を得ることで,その分の資金を事業運営に回すことが可能となりますから,結果的に新たに融資を受けた場合と同じ効果を得ることができます。
また,リスケジュールのメリットとして,月々の元本返済から解放され,経営者の心理的負担が改善されるといった点,資金繰りの必要性がなくなり事業に集中して取り組むことができるようになるといった点も認めることができます。
他にも,リスケジュール期間は金融機関から返済を求められることはありませんので,遅延損害金は生じません。
(4)リスケジュールの銀行側のメリット
金融機関としても企業に無理な返済を迫った結果,上記のように企業が多重・多額の債務を負い,結果として倒産してしまっては元も子もありません。
そのため,リスケジュールを行うことで企業の経営が改善する可能性が存在する場合には,金融機関もこれに応じる方が回収できる貸付金が大きいと考え,リスケジュールの申し込みに応じる場合が多いとされています。
金融庁の「金融機関における貸付条件の変更等の状況について」によれば,中小企業者については平成30年4月から平成31年3月末までの間に740,452件のリスケジュールの申し込みがなされたと説明しましたが,そのうち,721,814件(98.3%)についてリスケジュールが実行されています。
ただし,リスケジュールは当然のことながら金融機関に対応をお願いするものであり,金融機関から信頼を失うことや不信感を抱かせることは避けなければなりません。そのため,弁護士などの第三者を同席させて,客観的な視点を交えながら状況を説明するといった対応も有効です。
(5)リスケジュールに弁護士が同席するメリットについて
リスケジュールを行う場合にもいくつかのポイントが存在します。
例えば,リスケジュールを行う場合,融資を受けている金融機関が複数存在する場合は,全ての金融機関に同じ条件を依頼する必要があります。
もっとも,金融機関は,メインバンクの考えを尊重して行動を合わせます。そのため,全ての金融機関を同一の条件で扱うこととしつつも,メインバンクからリスケジュールの理解を得ておくことが重要になります。
銀行との交渉や企業再生に関する経験が豊富な弁護士であれば,上記のようなポイントを押さえることができ,適切に金融機関との交渉に臨むこと可能となります。
2、債権カットについて
経営状況が悪化した場合,金融機関に対して交渉を行う場合リスケジュールを申し込むことが一般的ですが,金融機関の債権カットを申し込む必要がある場合も想定されます。
(1)金融機関と交渉をして債権をカットする手法
まず,債権カットの方法としては,金融機関との交渉による債権放棄が考えられます。
しかし,債権カットは自身の権利を放棄するということに他ならず,金融機関の実損が確定することになります。
そのため場合によっては金融機関が株主等から責任を追及される可能性がないとも言い切れません。
また,税務上の問題も指摘されます。
すなわち,金融機関が債権カットを行った場合,これが寄附金として扱われると,損金に算入することが制限されることになります。
そして,債権カットが寄附金として扱われないようにするためには,賃金カットが合理的な再建計画に基づくものである等相当な理由が存在することを要するとされており(法人税基本通達9-4-2),かかる要件を満たさない場合は有償償却となります。
(2)会社分割・第二会社方式で債権をカットする手法
上記のような債権放棄による債権カットの手法については税務上のリスクが生じています。
そのため,会社分割・第二会社方式により,債権カットを行うという手法が採られる場合があります。
会社分割・第二会社方式とは,経営状況が悪化した企業のうち,収益性のある事業について会社分割手続を用いて別の第二会社に承継させたうえで,会社分割後の旧会社については特別清算手続などにより清算するものをいいます。
特別清算手続においては,協定の認可決定により切り捨てられることとなった部分の金額については,損金に算入することが可能とされています(法人税基本通達9-6-1(2))。
そのため,上記の債権放棄による債権カットとは異なり,会社分割・第二会社方式での債権カットであれば,有償償却となるリスクを回避することができるのです。
会社分割・第二会社方式での債権カットの手法については,会社分割を行う旧会社とは別の第二会社を設立し,その第二会社に収益のある事業を承継させるというスキームを採用することから,①第二会社が営業に関し許認可を要する場合には改めて取得する必要が生じる,②第二会社の設立,資産の移転に際して,登録免許税,不動産取得税,登録免許税などの費用が生じる,③第二会社での事業活動に関する資金需要に対して金融機関からの資金調達が困難,という問題点が指摘されていました。
この問題に対しては,平成21年に産業活力の再生および産業活動の革新に関する特別措置法が改正され,中小企業承継事業再生計画の認定制度という制度が設けられました。
かかる制度では国から再生計画の認定を受ければ第二会社が一定の優遇を受けることができるものとされていましたが,平成30年に第二会社方式による事業再生が浸透したことや直近の利用実績も減少したことを理由にして現在では同制度は廃止されるに至っています。
(3)債権カットの難易度について
上記の通り,金融機関と交渉をして債務放棄による債権カットを得るためのハードルは高いと考えられています。
そのため,金融機関が債権放棄をしたとしても,経済的利益が認められる,または,そのような行動をとることが合理的と認められる状況を,企業が設定できるかがポイントになります。
一方,会社分割・第二会社方式で債権をカットする場合,旧会社の債権者を害するようないわゆる濫用的会社分割が行われた場合は,詐害行為に該当するとして、旧会社の債権者の債権保全に必要な限度で第二会社への会社分割による権利の承継の効力が否定される可能性があります(最判平成24年10月12日)。
また,濫用的会社分割に関しては,平成26年の会社法改正により債権者保護手続が導入され,旧会社の残存債権者を害することを知って会社分割がなされた場合,旧会社の残存債権者は、一定の期間内に第二会社に対し、承継した財産の価額を限度として債務の履行を請求することができるものとされています(会社法764条4項)。
このような事情に加え,会社分割により第二会社を設立した場合は資金需要が必要になることが多いことに照らせば,会社分割・第二会社方式をとる場合であっても,金融機関に対する十分な説明を行うべきと思われます。
3、そもそも私的整理手法を使わない様にするには
以上の通り,経営状況が悪化した場合,金融機関に対しリスケジュールや債権カットに関する交渉を行い,経済的な再生を図っていくことが可能となります。
しかし,そもそも私的整理手法を使わない様にするためにも以下の点が重要になります。
(1)本業の収益性を高める
私的整理手法を使わない様にするには何よりも本業の収益性を高め,財務状況を改善することが重要になります。
(2)事業譲渡を活用する
また,不採算事業であっても,買主の事業とシナジーが生じる場合や,買主によっては業績改善を図ることが可能な場合も存在します。
そのため,事業譲渡により不採算事業を早期に切り離すことも私的整理手法を使わないようにするために重要な選択肢となります。
4、弁護士が金融機関との交渉においてできること
経営状況が悪化した場合の銀行交渉に関しては,財務,税務,法務に関する詳細な知識が必要になります。
財務,税務,法務に詳しい弁護士であれば,その事案に応じた適切な交渉を行うことが可能であり,企業の再生可能性を最大限化することが可能です。
また,弁護士は様々な法律問題を解決してきた経験とノウハウを持ち合わせています。そのため,弁護士業務で培った知識力,交渉力を生かし,経営不振に陥った企業のため粘り強く銀行交渉を行うことが可能です。
さらに,弁護士には顧問先をはじめとした企業との繋がりを持っており,そのようなネットワークを生かしたスポンサー探しを行うことも可能です。