医療法人・病院の就業規則で重視すべきポイントと見直し・改訂のポイント【弁護士監修】
本記事では、医療法人やクリニックにおいて就業規則がなぜ重要なのか、どのような法的位置づけがあるのか、見直しのタイミングや具体的な記載項目、変更時の注意点などを解説します。
あわせて、就業規則を弁護士とともに整備することによる実務的・金銭的なメリットや、顧問弁護士の関与がどのように組織を守るかも詳しく説明しています。就業規則の改訂を検討されている医療機関の経営者・事務長の方は、ぜひ最後までお読みください。
病院・クリニック(医療法人)にとって、なぜ就業規則が重要なのか
就業規則は「診療体制と院内秩序を守る」ためのリスク管理ツールです
医療機関では、突発的なトラブルが診療業務の継続に直結するケースが少なくありません。
たとえば職員の無断欠勤、患者対応トラブル、勤務態度不良など、いずれも業務に支障をきたします。就業規則は、こうした問題に事前対応するためのルールブックであり、経営・運営の安定を支えるリスク管理ツールです。
法的に有効な規定が整っていれば、懲戒処分・異動・契約終了などを適法に進めやすくなります。
医療職は専門職ゆえ、雇用契約書だけでは不十分な場合も
医師・看護師・放射線技師・事務職など、さまざまな専門職が関わる医療現場では、専門性の違いが衝突や誤解の原因になることがあります。
特に、雇用契約書だけでは網羅しきれない勤務時間、応召義務、緊急対応時の指揮系統などを定めておく必要があります。就業規則は、それらの曖昧さを減らし、従業員全体に共通の認識を持たせる役割を果たします。
複数の診療科や職種が混在する医療機関では就業規則の重要性が高い
医療機関は、職種間で待遇や就労形態にばらつきが出やすい職場です。
医師は裁量労働制、看護師は交代制勤務、事務職は定時勤務など、勤務スタイルが多様であるため、「誰にどのルールが適用されるのか」が明確でないと混乱が生じます。就業規則で「原則・例外」「適用範囲」を明記することで、全体の統制が取りやすくなると考えられます。
病院・クリニック(医療法人)における就業規則の法的位置づけ
常時10人以上のスタッフがいれば作成・届出義務あり
労働基準法第89条により、常時10人以上の労働者を使用する事業場では就業規則の作成と労基署への届出が義務づけられています。
これは1法人あたりの人数ではなく、「1つの事業場単位」で判断されるため、たとえば分院が10人未満であっても、本院が10人を超える場合には対象となります。罰則(30万円以下の罰金)もあるため注意が必要です。
見落としがちですがパート・アルバイトもカウント対象
スタッフ数のカウントにおいては、正社員のみならずパートタイマー・アルバイト・契約社員も含まれます。短時間勤務であっても「労働者」に該当する場合は集計対象となり、見落としがちな点です。
クリニックなどでは非常勤医師・時短勤務の看護師を含めると、10人を超えていることが多いため、今一度確認することをおすすめします。
就業規則と雇用契約書の違いと優先順位
雇用契約書は個々の労働者との契約内容を定めるものであり、就業規則は全従業員に共通する職場全体のルールです。
両者の内容が異なる場合、原則として労働者に有利な条件が優先されます。したがって、就業規則の記載を根拠に処分や異動を行うには、契約書との整合性にも配慮しなければなりません。
労基署の調査や行政指導の際、就業規則は必ずチェックされる
労基署による臨検調査や行政指導の場面では、就業規則の有無・届出状況・記載内容が必ず確認されます。
特に「勤務時間」「割増賃金」「ハラスメント防止」「育児介護制度」などの項目は重点的にチェックされる傾向があります。最新の法令に対応していない場合は指導の対象になるため、定期的な見直しが不可欠です。
就業規則の見直し・改訂が必要になる典型的なパターン4選
(1)労働法改正(育休・ハラスメント・労働時間制度)への対応
労働法分野では、数年単位で改正が行われており、とくに育児介護休業法・労働施策総合推進法(パワハラ防止)・働き方改革関連法などは、医療機関にとっても影響が大きい分野です。
法改正に気づかず放置していた場合、制度未整備によるトラブルや行政指導のリスクが高まります。
(2)スタッフ構成の変化(正社員(職員)→パート主体、女性比率増など)
たとえば開業当初は正社員(職員)中心だったが、現在はパートスタッフが多数を占めるようになったといった構成変化がある場合、従来の就業規則では現状に合わなくなっているケースがあります。
特に、所定労働時間、休日規定、評価制度が実態と乖離していることが多く、パートに正社員と同等の待遇での休職などを与えざるを得ないリスクが高まります。
(3)新たな診療科・拠点の開設に伴う体制変化
新たな診療科や分院を開設する場合、既存職員との異動・配置のルールが曖昧だとトラブルにつながります。
院長の一存での異動命令が「不当」として争われるケースも少なくありません。適法な人事異動のためには、あらかじめ就業規則に「異動の可能性」「勤務地の範囲」「別の診療科への配置転換」などを明記しておくことが望ましいです。
※医師の場合には、専門分野があるため、異動を命じることが権利濫用となるリスクが相対的に高いです。異動の前に事前に弁護士と相談することをお勧めします。
(4)トラブル発生前の予防的見直しをおすすめいたします
労働トラブルが発生してから就業規則を見直そうとしても、その時点ではすでに「後出しルール」とみなされ、効力が否定されることがあります。
採用・勤務・評価・退職・解雇に至るまでの一連の流れを、平時にこそ見直し、万が一の場面でも有利な判断が得られるよう備えておくことが大切です。
就業規則において特に重視すべき項目【弁護士監修】
(1)採用・試用期間の規定 -採用時のミスマッチを避けるために-
面接時には分からなかった「勤務態度」や「協調性」の問題が試用期間中に明らかになることもあります。
就業規則に「試用期間の評価基準」や「本採用拒否の条件」を明記しておくことで、後々のトラブルを防げます。特に医療業界では、患者対応の品質を重視するため、スキルだけでなく勤務態度や他の職員とのコミュニケーション等に関する基準も定めておくと効果的です。
(2)異動・配置転換 -複数拠点の運営に向けて-
「勤務地が自宅から遠すぎる」「家庭の事情で異動できない」といった理由で、配置転換に反発されるケースは珍しくありません。
就業規則に「業務上の必要に応じて異動を命じることがある」旨を明文化し、勤務地の範囲をあらかじめ規定することで、適法性を担保できます。
(3)労働時間・休憩・休日 -交代勤務、夜勤等への対応-
交代勤務・夜勤などがある医療現場では、始業・終業時刻のズレや仮眠・休憩の取り方が問題になりやすいです。
曖昧な表現では職員に混乱を招くだけでなく、労基法違反と判断されるおそれもあるため、「どの職種に、どのルールが適用されるか」を明確に分けて記載する必要があります。
(4)時間外労働・割増賃金 -未払い給与トラブルのリスク防止-
36協定を結んでいないのに時間外勤務が常態化していたり、割増賃金の計算方法が周知されていないケースも見受けられます。
こうした状況では、未払い残業代請求を受けるリスクが非常に高くなります。就業規則に36協定の範囲・割増率・申請方法を正確に記載し、周知徹底することが重要です。
(5)育児・介護休業・時短勤務 -時代に合った働き方-
女性職員の比率が高い医療業界では、育児休業・介護休業の取得希望が多く寄せられます。
業務に支障が出ないようにするためにも、「取得条件」「申出期限」「時短勤務の期間」などを就業規則に定めておき、柔軟かつ公平な運用を行える体制を整備しておくべきです。
(6)退職・解雇規定 -いわゆるモンスター社員への退所-
勤務態度不良・無断欠勤・患者トラブルなどを理由に解雇処分を下すには、「どのような行為が懲戒解雇に該当するか」「手続きの流れは適切になっているか」などを明記しておく必要があります。
裁判上、就業規則に根拠がない懲戒解雇は違法と判断されるため、リスクを回避するためにも適正な規定の整備が不可欠です。
就業規則を変更する際の手続きと注意点
意見聴取と労基署への届出
就業規則を変更する際、労働基準法90条に基づき、事業場の過半数労働組合、または過半数代表者から意見を聴取する義務があります。
ただし、「同意」は不要であり、意見を聞くだけで足ります。この点を勘違いして、「全員の同意が取れないから変更できない」と誤解されるケースがありますが、就業規則の変更は一方的に行うことも可能です。
もっとも、変更内容が合理性を欠く場合は、後に無効とされるリスクが高いため事前に人事労務に強い弁護士に相談する等の準備が必要であると考えられます。
不利益変更のリスク|合理性がなければ無効になる可能性
就業規則の変更によって、従業員にとって労働条件が悪化する場合(退職金の減額、休暇制度の縮小など)は、「不利益変更」に該当します。
この場合、労働契約法10条により、その変更が有効とされるには「変更の必要性」「変更内容の相当性」「従業員への影響の程度」など、いくつかの要素を総合考慮して、合理性があると認められなければなりません。医療法人では、運営上の必要が生じた場合でも、慎重な判断と根拠づけが必要です。
現場への「周知」がされていないと効力を持たない
就業規則は作成・変更して届け出ただけでは効力を持ちません。
労働契約法により従業員に対して「周知」(閲覧しようと思えば閲覧できる状況)されていなければ、効力が生じないとされています。
これは紙の掲示だけでなく、パソコン内の共有フォルダ、就業システムでの表示、説明会の実施などを通じて、現実に閲覧できる状態にしておくことが望ましいです。現場スタッフの入れ替わりが激しい医療機関ほど、形式的な周知では不十分である点に注意が必要です。
インターネット上のテンプレ使用は避け、組織ごとの就業規則を構築しましょう
ネット上には「雛形」として様々な就業規則のテンプレートが出回っていますが、それをそのまま使ってしまうべきではありません。
テンプレートは一般論でしかなく、医療法人固有の勤務形態(夜勤・当直・緊急呼出対応など)や、人事制度、法人内ルールには対応していないからです。「うちの実情とは違うが、書いてあるから使っていた」といった内容は、法的に無効になる可能性があります。
自院の経営実態や体制に合わせて、カスタマイズされた就業規則を整備することが必要です。
顧問弁護士による就業規則チェックのメリット
法改正に対応した内容に随時アップデートが可能
法律は年々変わっていきます。育児介護休業法、パワハラ防止法、働き方改革関連法など、近年の法改正も記憶に新しいでしょう。
顧問弁護士がついていれば、こうした改正への対応を定期的にチェックし、就業規則を随時アップデートすることが可能です。法令違反の状態を放置しないことで、リスク管理にもつながります。
トラブル事例を熟知しているからこそ、実効性ある規定になる
就業規則は「形だけ整えても意味がない」典型例です。
顧問弁護士であれば、過去の労務トラブルや訴訟事例を多数扱っているため、実際に“問題が起こる”現場を知っています。その経験をもとに、「具体的にどのような文言にしておくと効果的か」を判断できるため、実務で機能する就業規則が完成します。
労基署・ユニオンとの交渉を見据えた文言設計ができる
労働基準監督署の調査や、労働組合(ユニオン)からの団体交渉申し入れがあった際、就業規則が防波堤となることがあります。
逆に、規定が曖昧だったり、法的根拠に乏しい内容である場合、医院側が不利な立場に立たされてしまうことも。顧問弁護士は、万一の交渉・訴訟も見越して、就業規則の条文を「戦える仕様」に設計できます。
現場と経営の板挟みにある院長・事務長を法的にサポート
医療法人における院長・事務長は、現場の要望と経営のバランスを取りながら、人事・労務対応を一手に担っています。
感情的な対立や理不尽な要求をどう扱うかに悩む場面も多いでしょう。顧問弁護士がいれば、法的な後ろ盾として、冷静かつ合理的な対応方針を立てることができ、現場責任者の精神的な負担軽減にもつながります。
医療法人が就業規則を適切に改訂することで得られる効果
労使トラブルの予防・迅速な解決
整備された就業規則があることで、曖昧な運用が減り、「ルールに従っているかどうか」で判断できるようになります。
これにより、日々の小さなトラブルの予防や、大きな問題の早期解決が可能になります。明文化された基準があるだけで、スタッフ同士の誤解や不満も減少します。
スタッフへの信頼・安心感の向上(福利厚生の見える化)
明確な制度設計と情報共有は、職員の安心感に直結します。
「どんな制度があり、いつ・どう使えるか」が説明できる環境は、離職防止にも効果的です。育児休業・時短勤務制度などを見える形にしておくことで、特に女性職員からの信頼感は高まります。
離職率の低下・採用広報への活用
就業規則の充実は「職場環境の良さ」を客観的に示す材料となります。
求人媒体や医院HPでも、就業規則や制度を紹介することで、求職者に安心感を与えることができ、採用競争力が向上します。また、待遇面での不透明さが解消されることで、在職中のスタッフの定着率にも良い影響があります。
労基署・訴訟・団体交渉への備えとしての「盾」になる
万が一、労基署の調査や、元職員からの未払賃金請求、ユニオンとの団体交渉といった事態が発生した際、就業規則は医療法人を守る「盾」になります。
逆に、就業規則が整っていない場合や、内容に不備がある場合には、主張そのものが認められないリスクがあります。予防と防衛の両面で、就業規則は重要な役割を果たします。
就業規則のご相談は西村綜合法律事務所まで!
医療法人における就業規則は、単なる形式ではなく、経営の安定と労使関係の健全化を支える基盤です。特に医療業界特有の勤務体系や職場環境を考慮すれば、一般的な雛形では対応できない複雑な実務課題も多く存在します。
就業規則の整備に始まり、労務トラブルを予防しやすい職場環境の構築まで、人事労務のご不安やお困りごとぜひ一度、西村綜合法律事務所までご相談ください。経験豊富な弁護士が、実践的かつ法的に確かなサポートをご提供いたします。