残業代請求権に関する時効はいつ?企業経営者が知っておくべき残業代請求への基礎知識
残業代請求について時効という制度があることはご存知でしょうか。残業代請求の時効というのは企業にとって非常に重要です。そこで、以下では残業代請求とは何か、残業代請求の時効の制度とは何かについてご説明させて頂きます。
残業代請求案件が増加しています
厚生労働省のデータによると、過去10年間、100万円以上の割増賃金の支払額の是正対象となった企業は1000を切っていません。そして、この統計は、あくまで100万円以上の未払い賃金であり、かつ労働基準監督署が是正をするところまでいった案件なので、実際の賃金の未払い問題を抱えた企業は、もっと多くなるはずです。
このように、残業代に関する問題は決して少なくはありません。そこで以下では、残業代請求案件についてご説明させて頂きます。
労働者から使用者への残業代請求
残業代請求案件としては、管理職として残業代の支払対象としていなかった従業員が残業代を請求してくるケースがあります。これを「名ばかり管理職型」といいます。「名ばかり管理職」という言葉は、小売業や飲食業の「店長」が管理監督者にあたらないとされ、一部がマスコミに取り上げられ、世間に広く知れ渡ったと思います。また、自分は残業をしていた又は残業代を支払われた時間よりもずっと長く残業していたのに残業代を請求するケースがあります。これを「サービス残業型」といいます。
名ばかり管理職型
「名ばかり管理職型」で問題になるのが、1管理監督者にあたるのか、2あたらないとすれば残業時間はどれくらいかです。ちなみに、管理監督者にあたるかどうかについては裁判例では労働条件の決定やその他労働管理について経営者と一体的な立場にあるかどうかが基準となります。また、厚生労働省の通達では、職務内容の重要性、職務の責任と権限、現実の勤務態様が労働基準法の労働時間、休憩、休日に関する規制を超えて活動せざるを得ないことと、賃金等が地位に照らしてふさわしい待遇がなされていることがポイントになるとしています。ここで、注意が必要なのは役職名だけでは、管理監督者かどうかが決まらないことです。管理監督者にあたらない場合、実際の残業時間がどれくらいだったのかが問題となります。もっとも、この場合、正確な残業時間を知ることは決して簡単ではありません。なぜなら、企業としては、管理職であると考えて残業時間を記録してないことが多いからです。
サービス残業型
「サービス残業型」は、会社の人事記録として持っている残業時間以外のものから労働時間を算定することが必要となります。そのため、会社への入退室カードの記録、パソコンの起動時間、シャットダウンの時間の記録、業務用のメールアドレスの送受信時間、スケジュール表による管理などで防止することが考えられます。もっとも、それぞれ他人と一緒に入退室することによる不記録、パソコンの電源を落とさずに帰宅する従業員、自宅や出張先でのメールの送受信、スケジュールへの登録漏れによって残業時間が実態と異なってしまう点には注意が必要です。
残業代請求による企業への請求金額・判例
衣料品およびスポーツ用品のデザイン、製造、加工、販売を業とする企業の生産統轄本部の技術課課長が、時間外、休日および深夜の割増賃金等の支払いを求めた事案では、裁判所は、企業に対して当該課長に約646万円の割増賃金とそれに対する遅延損害金の支払いを命じました。さらに、裁判所は企業に対して当該課長の健康管理について適切な措置をしてないとして、付加金として割増賃金と同額の約646万円の支払いを命じました。
この事案では、企業が当該課長の出退勤を自由にしており、経営会議に出席していたことや給与が社内屈指であることなどを理由に当該課長の管理監督者であると主張しました。しかし、裁判所は、就業規則所定の始終業時刻に当該課長は会社にいるか製品の発注のための取引業者との打ち合わせなど、企業の業務に従事していたことが認められる等とされていることを理由に当該課長の出退勤が自由とはいえないとしました。そして、給与については、課長に昇進した前後の比較や他の社員との比較をしなければ当該課長が管理監督者として処遇されているというに足りる給与を得ているかどうかは明らかとはならないとしました。また、当該課長が経営の重要事項に関しては何らの積極的な役割を果たしていたとは認められないとしました。その結果、裁判所は当該課長の管理監督者性を否定しました。
また、労働時間について裁判所は、タイムカードの打刻時間を基準に算定しました。
高額な残業代請求は企業経営に直結する大きな課題
上記の事例では、合計として1200万円を超える額を企業が、従業員に対して支払う結果となってしまいました。上記事例の付加金とは労働基準法114条に定められているものです。付加金は、従業員の請求により、未払い賃金を支払わなかった企業に対して裁判所が、未払金とは別に、未払い金と同一金額を従業員に支払わせるものです。企業は、未払いの残業代が発覚してもその残業代のみを支払えばいいと考えてはいけません。
また、この事案は、あくまで従業員1人に対する支払いであり、もしこのような従業員が複数いれば企業の経済的基盤を揺るがす可能性があります。
残業代請求権の時効
残業代は長期間すると、累積して膨れ上がってきます。しかし、一定の期間経過すると、残業代請求権は時効によって請求を拒むことができるようになります。そこで、以下では、残業代の時効についてご説明させて頂きます。
残業代請求権とは
残業代請求をするためには、残業時間があったこと及び残業時間に対する残業代の未払いがあったことを労働者が主張していくことになります。残業代を請求する際、労働者が証拠として提出するものとしては、雇用契約書や給与明細書、業務報告書、タイムカードや業務日報などが考えられます。また、従業員の日々の日記やメモ、メールの記録も証拠となることがあります。なお、個人的な日記や手帳は、その日記や手帳を企業側が作成させていた場合や、上司が確認していた場合には、証拠としての信用性が高くなります。タイムカードなどの証拠を従業員が提出できない場合、企業が有利になるとは限りません。なぜなら、本来企業側に労働時間管理の記録義務があるため、記録がないことは企業にとって不利な状況になるからです。
また、従業員が上司の命令がないにもかかわらず、職場に残って残業していても、従業員に残業代請求権が発生することがあります。上司が黙認している場合だけではなく、上司が残業しないよう命令していた場合も残業代請求権の発生可能性があります。この残業代請求権の発生可能性については、2つの観点から考えます。一つ目は、時間外労働が適法に行えるかです。これは、時間外労働を適切に管理するための三六協定を締結していない場合が挙げられます。この場合、残業代の対象となる時間外労働そのものが違法となります。もう一つは時間外労働の禁止が徹底していたかどうかです。具体的には、残業が必要になれば役職者が引き継ぐという指示や命令を社内通知、朝礼、上司を通じて再三周知していたかどうかです。これらの2つについて、命令に反した従業員が知りうる状態にあったと判断されるときに残業代の支払い義務が免除される余地が生じるのです。
請求権の時効の設定について
残業代請求権については、時効が設定されています。今回、法改正により、時効の期間が従前と変わりました。そこで、以下では、残業代請求権の時効の変更についてご説明させて頂きます。
改正前までの状況
法改正前までは、労働基準法上、労働者の残業代請求権の時効は、支払い期日から2年とされていました。従来民法では、労働基準法が適用を除外している同居親族の労働者や家事使用人の賃金請求権については消滅時効を1年と定めていました。また、労働基準法の労働者に該当しない個人業務請負労働者、業務委託労働者等の報酬等については、消滅時効が5年とされていました。しかし、平成29年の民法改正により、職業別の短期消滅時効が廃止され、債権の時効期間は、権利行使が可能になった時から10年、権利を行使できることを知ったときから5年に統一されました。そこで、労働基準法の賃金請求権の消滅時効が民法の一般債権の消滅時効期間より短期になることを回避するために、令和2年労働基準法改正によって労働基準法上の賃金請求権の消滅時効期間が2年から5年に延長されました。ただし、当分の間は3年とする経過措置が取られています。
今後の時効の見直しによる変更点
2020年4月以降に発生した残業代請求権は支払い期日から2年間ではなく、3年間となりました。それにならった形で、賃金台帳などの記録の保存期間も当分3年間とされました。そして、付加金についても請求できる期間が2年間から当分3年間となりました。
残業代請求対策は今が重要なタイミング!弁護士にご相談ください
残業代の時効については施行から5年経過後の状況を考慮して必要な措置をするとされています。そのため、残業代の時効が、5年に延長される前の今が、残業代請求についてどのように対策するか見直す重要なタイミングとなります。見直す際には、是非一度法律の専門家である弁護士にご相談ください。