中小企業にも適用開始!60時間を超える残業代の割増率について弁護士が解説
中小企業においても、月60時間を超える時間外労働に支払う割増賃金の割増率が50%となりました。従来は大企業のみが対象でしたが、2023年4月1日より中小企業にも適用されています。
企業が対応を怠っていると、未払い残業代が生じ、従業員から請求を受けてしまうリスクもあるでしょう。後から慌てないように、新しいルールの内容や適切な対応を知っておくべきです。
本記事では、
- 法改正の概要
- 月60時間超の時間外労働と深夜労働・休日労働との関係
- 企業がとるべき対応策
などについて解説しています。
最後まで目を通せば、割増率引き上げにともなう残業代の計算方法の変更や、とるべき対策がわかります。中小企業の経営者や人事労務担当者の方は、ぜひお読みください。
【2023年4月から】月60時間超の割増率が50%に引き上げ
まずは、法改正の背景や新しい計算方法について解説します。
中小企業も対象に
法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超える時間外労働に対する割増率は、基本的に25%です。長時間労働抑止の観点から、2010年4月より、月60時間を超える時間外労働に対する割増率は50%に引き上げられました(労働基準法37条1項ただし書き)。
とはいえ、人手の足りない中小企業がすぐに対応するのは容易ではありません。
そこで、労働基準法138条により、「資本金額または出資総額」と「常時使用する労働者数」のいずれかが以下の条件に該当する中小企業には、割増率引き上げが猶予されてきました。
業種 | 資本金額または出資総額 | 常時使用する労働者数 |
小売業 | 5000万円以下 | 50人以下 |
サービス業 | 5000万円以下 | 100人以下 |
卸売業 | 1億円以下 | 100人以下 |
その他 | 3億円以下 | 300人以下 |
しかし、2019年に施行された働き方改革関連法により労働基準法138条は削除され、2023年4月1日以降はすべての企業で割増率引き上げが適用されています。
これまで対応が猶予されていた中小企業も、2023年4月からは、月60時間超の時間外労働の割増率を50%としなければなりません。
割増率引き上げ後の割増賃金の計算方法
割増賃金(残業代)は、
「1時間あたりの基礎賃金」×「割増率」×「時間数」
で計算します。
法改正により割増率が50%(1.5倍)に引き上げられるのは、月60時間を超える部分だけです。月60時間までの部分は、従来通り割増率25%(1.25倍)で計算します。
例として、以下のケースで考えましょう。
- 1時間あたりの基礎賃金:2000円
- 時間外労働:月70時間
- 深夜労働、休日労働なし
【法改正前】
2000円×1.25×70時間=17万5000円
【法改正後】
(月60時間までの部分) 2000円×1.25×60時間=15万円
(月60時間超の部分) 2000円×1.5 ×10時間=3万円
(合計) 15万円+3万円=18万円
法改正により支払い額が増加しています。月60時間を超える部分に限り割増率が50%になる点がポイントです。
月60時間超の時間外労働と深夜・休日労働との関係
人手不足の会社では、法定時間外労働だけでなく、深夜労働や休日労働が発生しているケースも多いでしょう。時間外労働と深夜労働・休日労働との関係を解説します。
深夜労働とは割増率を合算する
深夜労働とは、22時から翌朝5時までにした労働です。深夜労働には、25%の割増賃金を支払わなければなりません。
時間外労働が深夜労働にも該当する場合には、割増率は合算されます。月60時間を超える時間外労働が深夜労働と重なったときにも合算します。
したがって、時間外労働と深夜労働が重なったときの割増率は次の通りです。
月60時間までの時間外労働+深夜労働 25%+25%=50%(1.5倍)
月60時間超の時間外労働 +深夜労働 50%+25%=75%(1.75倍)
具体例として、以下のケースで計算してみます。
- 1時間あたりの基礎賃金:2000円
- 時間外労働:月70時間
- 月60時間超の時間外労働のうち、最後の5時間だけが深夜労働であった
- 休日労働なし
(月60時間までの部分) 2000円×1.25×60時間=15万円
(月60時間超の最初の5時間) 2000円×1.5 ×5時間=1万5000円
(月60時間超の最後の5時間) 2000円×1.75×5時間=1万7500円
(合計) 15万円+1万5000円+1万7500円=18万2500円
月60時間超の時間外労働と深夜労働が重なると、高額な割増賃金の支払いを強いられます。
休日労働とは合算しない
休日労働とは、法定休日における労働です。法定休日は、週1回与えると法律で定められている休日をいいます(労働基準法35条)。法定休日に労働した場合には、35%の割増賃金を支払わなければなりません。
時間外労働と休日労働は、重ねてカウントされません。たとえば日曜日が法定休日の会社では、日曜日に労働したときの割増率は休日労働分の35%のみです。月60時間を超える時間外労働をしている状態で休日労働をしても、割増率は35%のままになります。
また、時間外労働と休日労働は別の概念であるため、休日労働をいくらしても時間外労働が月60時間を超えるかの判断には無関係です。たとえば、時間外労働が55時間の段階で休日労働を6時間しても、時間外労働が月60時間を超えた扱いにはなりません。
なお、以上は「法定休日」に労働をしたケースの話です。
週休2日の会社で、法定休日でない休日(たとえば土曜日)は「法定外休日」と呼ばれます。法定外休日に働いても法律上の休日労働にはなりません。法定外休日にした時間外労働の割増率は25%(月60時間超であれば50%)です。
割増率についてまとめると、以下の表の通りになります。
割増される理由 | 割増率 |
時間外労働(月60時間まで) | 25%(1.25倍) |
時間外労働(月60時間超) | 50%(1.5倍) |
深夜労働 | 25%(1.25倍) |
時間外労働(月60時間まで)+深夜労働 | 50%(1.5倍) |
時間外労働(月60時間超)+深夜労働+ | 75%(1.75倍) |
休日労働 | 35%(1.35倍) |
休日労働+深夜労働 | 60%(1.6倍) |
月 60 時間超の割増率引き上げへの対応策
法改正にともなって、会社としては以下の対応策をとる必要があります。
社内ルールの変更
就業規則において、時間外労働の割増率の定めを変更します。月60時間を超えたかを判断する基準がわかるように、月の起算日(「毎月1日」など)も記載しましょう。変更は労基署に届け出をしてください。
また、引き上げ分について、割増賃金を支払う代わりに代替休暇(有給)を与える制度を設けることが可能です(労働基準法37条3項)。代替休暇を設ける場合、以下の事項について労使協定を結ばなければなりません。
- 代替休暇の時間数の具体的な算定方法
- 代替休暇の単位
- 代替休暇を与えることができる期間
- 代替休暇の取得日の決定方法、割増賃金の支払日
なお、制度を作っても代替休暇を取得するかは従業員の自由です。取得を義務付けることはできません。
システムの整備
勤怠管理システムの整備も不可欠です。
月60時間超の部分の割増率引き上げにより、残業代の計算は複雑になります。正確に残業代を計算するには、労働時間の把握が大前提です。現状の労働時間の管理方法に問題がないかをチェックし、必要に応じて体制を見直しましょう。
また、適切な労働時間管理をしていれば、長時間残業への対策も可能です。長時間労働が常態化している部署や従業員を把握し、業務の効率化や負荷の軽減のためにできる手段を検討するとよいでしょう。労働時間が減少すれば残業代の支払いを抑制でき、会社にとってもメリットが大きいです。
残業代に関するご相談は西村綜合法律事務所まで
必要に応じて専門家への相談もご検討ください。
社内ルールを変更する際には、適切な定めをしないとトラブルの元になってしまいます。弁護士などの専門家のチェックを受ければ、問題のないルール作りが可能です。
月60時間超の時間外労働の割増率引き上げに関して疑問がある方は、お気軽にご相談ください。