「民法改正 徹底解説セミナー」を開催いたしました

セミナー内容

民法改正

受講受付

受付終了

対象

社会保険労務士 様対象

開催日時

平成31年3月7日@岡山

平成31年3月13日@東京

セミナー趣旨

民法が改正され、2020年4月1日に施行されることが決まりました。企業にとっては,今回の改正は非常に重要な改正となります。
特に注目すべきは、今回の改正により、労働関係への影響も大きい、ということです。
今回のセミナーでは、①消滅時効、②雇用契約、③法定利率の改正等その他により労働関係に影響する問題点を中心に解説いたしました。

講座内容

「民法改正」について弁護士が解説!
民法改正徹底解説セミナー ~民法改正が労働関係に与える影響~

1)消滅時効の改正による労働関係への影響
・賃金等請求権の消滅時効の改正議論
・労災による損害賠償請求権の時効の重要な変更点について
・時効の更新
・完成猶予の新設についての理解 など

2)雇用契約の改正による労働関係の影響
・有期雇用契約の解除の変更点など
・無期雇用契約の解約申入れの変更点 など

3)法定利率の改正による労働関係への影響
・後遺障害逸失利益の金額の変更 など

講座内容(詳細)

1.消滅時効の改正による企業への影響

民法改正による消滅時効の主な改正点は、以下の通りです。
(1) 短期消滅時効の特例の廃止
(2) 主観的起算点と客観的起算点
(3) 時効の中断・停止制度に関する改正
-完成猶予及び更新
(4) 不法行為による損害賠償請求権

次に、詳細に解説します。

(1)短期消滅時効の特例の廃止
(改正前)
職業別の短期消滅時効の特例
170条から174条で,一定の債権について,時効期間を3年,2年又は1年とする職業別の短期消滅時効の特例を設けていました。

例:請負代金債権→3年
旅館の宿泊や飲食店の飲食代→1年
∵比較的少額の債権につき時効期間を短期間にし、早期解決する趣旨等。

商事消滅時効の特例
商行為によって生じた債権について,5年

(批判)
・細かな特例がかえって適用の誤りを招く。
・現代社会における取引の複雑・多様化によって判断が難しい。
例:医師の診療等の債権=3年
柔道整復師等の隣接職業の債権=10年
・民法・商法いずれが適用されるのか争われるケースが少なくない。
例:銀行の貸付債権=5年
信用金庫の貸付債権=10年

(改正後)
職業別の短期消滅時効の特例・商事消滅時効の特例の全面廃止⇒(2)の主観的起算点・客観的起算点に整理されました。

(2)主観的起算点と客観的起算点
(改正前)
・消滅時効は,「権利が行使できる時」から進行し(改正前民法166条1項),債権の時効期間は10年(改正前民法167条1項)
(改正後)
・権利を行使できることを知った時から5年(改正民法166条1項1号),【主観的起算点】もしくは,権利を行使することができる時から10年(同項2号)【客観的起算点】

⇒いずれかが完成した場合に時効により債権が消滅します。

(ポイント)
・従来からの【客観的起算点】を維持しつつ,債権者の認識に着目した【主観的起算点】を導入
・権利行使が可能であることを容易に知ることができない債権については,債権者の知らないうちに時効期間が進行してしまうという問題を避けながらも,その余の多くの債権については時効期間を短縮し,消滅時効の長期化を避ける。
・ただし,人の生命又は身体の侵害にかかる損害賠償請求権の消滅時効については,権利を行使することができるときから20年とする規定を新設(改正民法167条,724条の2)⇒(4)不法行為による損害賠償請求へ

<問題>
平成10年10月10日,我が社で従業員Aが自殺をした。当初は原因がわからず, 会社に責任があるか判断ができなかった。平成26年10月10日に公表された報告書により,他の従業員への聞き取り調査の結果,社内での過重業務により精神疾患を発症したことが原因であることが分かった。
その後,平成30年10月10日を経過した平成30年12月10日,遺族からの安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求が提起された。

Q.冒頭事案の場合,民法によれば時効の起算点はいつになるでしょうか。
・そもそも「権利を行使することができるとき」とは?
→権利を行使する法律上の障害がなくなった時を指します。
⇒ 損害賠償請求権自体は従業員が自殺したときから発生しており,権利行使可能であったので,平成10年10月10日が客観的起算点となります。

※「権利を行使できることを知った時」とは,上記法律上の障害がなくなったことを知った時を指します。
⇒今回,遺族は平成26年の調査で初めて会社に対して損害賠償請求権があることを知り,権利行使に障害がなくなったといえるため,平成26年10月10日が主観的起算点となります。

A.冒頭事案の場合、時効の起算点についての解答は以下となります。
・改正前民法
→権利行使ができるとき=平成10年10月10日から10年
・新民法
→権利行使ができるとき=平成10年10月10日から20年
もしくは,権利行使ができることを知った時=平成26年10月10日から5年

<検討>
問題点:主観的起算点と客観的起算点がずれているため,客観的起算点からの20年の経過が,主観的起算点からの5年経過より先に到来してしまいます。いずれの点で時効完成となるのでしょうか。
これについては、明確な規定はありません。
しかし,いずれか先に到来する方で時効完成となると考えられています。
⇒本件では,平成30年10月10日が時効完成日になります。

したがって,本件についてみると,遺族の損害賠償請求は認められない可能性があります。

(ポイント)
改正民法で主観的起算点と客観的起算点2つの起算点が生じることになったことにより,時効消滅の時期により一層注意する必要が生じることとなりました。

(3)時効の中断・停止制度に関する改正
(改正前)
・時効の中断…一定の事由が起こると、時効の進行が止まり、また新たに「ゼロ」から時効期間の進行が始まること。
・時効の停止…一定の事由が起こると、時効の進行が一時的に停止すること。
例:天災

(改正前の問題点)
・制度が分かりにくい。
・仮に当事者同士で権利をめぐる争いを解決しようと協議をしていたり,これから協議しようとしても,協議による時効完成猶予の制度が条文に規定されてい
ないことから,時効の完成が間近になると,時効完成阻止のため,訴え提起等の時効中断の措置を採らざるを得なかった。

(改正民法)
従前の時効中断 ⇒ 時効の更新
従前の時効停止 ⇒ 時効の完成猶予  に再構築されました。
「協議を行う旨の合意」が新たに時効完成猶予事由に加わりました。

■時効の完成猶予とは…
→完成猶予事由が発生しても時効期間の進行自体は止まらないが,本来の時効期間の満了時期を過ぎても,所定の時期を経過するまで時効が完成しません。

(完成猶予事由)
・裁判上の請求等
・強制執行等
・仮差押え等
・催告
・協議を行う旨の合意

■更新について…
→完成猶予事由のうち更新事由の発生によって進行していた時効期間の経過が無意味なものとなり,新たにゼロから時効期間の進行がはじまるものです。

(更新事由)
・裁判上の請求等(確定判決等により権利が確定したとき)
・強制執行等(強制執行等が終了したとき)
・承認による時効の更新

【改正後民法】
(裁判上の請求等による時効の完成猶予及び更新)
第147条
1 次に掲げる事由がある場合には,その事由が終了する(確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定することなくその事由が終了した場合にあっては,その終了の時から六箇月を経過する)までの間は,時効は,完成しない。
一 裁判上の請求
二 支払督促
三 民事訴訟法275条1項の和解又は民事調停法若しくは家事事件手続法による調停
四 破産手続参加,再生手続参加又は更生手続参加
2 前項の場合において,確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定したときは,時効は,同項各号に掲げる事由が終了した時から新たにその進行を始める。

(催告による時効の完成猶予)
第150条
1 催告があったときは,その時から六箇月を経過するまでの間は,時効は,完成しない。
2 催告によって時効の完成が猶予されている間にされた再度の催告は,前項の規定による時効の完成猶予の効力を有しない。
(承認による時効の更新)
第152条
1 時効は,権利の承認があったときは,その時から新たにその進行を始める。
2 前項の承認をするには,相手方の権利についての処分につき行為能力の制限を受けていないこと又は権限があることを要しない。

(協議を行う旨の合意による時効の完成猶予)
第151条
1 権利についての協議を行う旨の合意が書面でされたときは,次に掲げる時のいずれか早い時までの間は,時効は,完成しない。
一 その合意があった時から一年を経過した時
二 その合意において当事者が協議を行う期間(一年に満たないものに限る。)を定めたときは,その期間を経過した時
三 当事者の一方から相手方に対して協議の続行を拒絶する旨の通知が書面でされたときは,その通知の時から六箇月を経過した時

■協議による時効完成猶予について…

→権利についての協議を行う旨の合意が書面でなされたときは,次に掲げるいずれか早い時期までの間は時効は完成しません。

1、その合意があった時から1年を経過したとき
2、その合意において当事者が協議を行う期間(1年に満たないものに限る)を定めたときはその期間を経過したとき
3、当事者の一方から相手方に対して協議の続行を拒絶する旨の通知が書面でされたときは,その通知のときから6カ月
→協議が整わないときには,再度の合意ができるが,時効の完成が猶予されなかったとすれば時効期間が完成すべき時から通算して5年を超えることはできません。

■労働債権との関係について…

→協議の合意による時効の完成猶予は労働債権についても利用可能です。

(例)
割増賃金の争いがあり会社と労働組合が団体交渉をしていたところ,時効期間が来てしまった場合。
従来は,時効援用権の濫用かどうかの枠組みで処理していました。
民法改正により,従来の時効援用権の濫用の枠組みは残っているものの,他の手段として,双方が協議する旨の書面での合意をすれば,時効の完成を猶予されることとなります。

(4)不法行為による損害賠償請求権についての改正
ア.労働災害と損害賠償請求
・労働者が労働災害にあった場合,使用者に対して損害賠償請求権を持つ場合があります。

例:高所作業をさせるにあたって,墜落防止措置を施さないで作業を命じ,そのために労働者が墜落して傷害を負ったり死亡したりするケース。

イ.損害賠償請求の根拠となるもの
①不法行為責任
→一般不法行為(709条),使用者責任(715条),土地工作物責任(717条)
②債務不履行責任
→安全配慮義務違反(労働契約法5条)

(参考)
安全配慮義務とは…
→「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において,当該法律関係の付随的義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して負う信義則上の義務」(最判昭50.2.25)

→使用者が労働者に対し,安全配慮義務を負っていると判断され,使用者がその義務に違反し,労働災害が生じた場合,労働者は使用者の債務不履行を根拠として,生じた損害の賠償請求権を有することになります。

【改正前】
724条(不法行為による損害賠償請求権の期間の制限)
不法行為による損害賠償請求権は,被害者又はその法定代理人が損害および加害者を知った時から3年間行使しないときは,時効によって消滅する。不法行為のときから20年間経過したときも同様とする。

【改正後】
724条(不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)
不法行為による損害賠償の請求権は次に掲げる場合には,時効によって消滅する。
被害者又はその法定代理人が損害および加害者を知った時から3年間行使しないとき不法行為のときから20年間行使しないとき

(ポイント)
・改正前は,民法724条後段の期間制限の性質について,明確な記載がなかったため,判例・実務上除斥期間を定めたものとしてきた。
したがって,時効中断等の適用がなく,期間の経過によって権利の消滅を阻止することができなかった。
・しかし,今回の改正により期間制限を消滅時効であることを明確に定めた。

∵時効完成猶予の機会や,時効の援用を要求することによる,被害者救済

■人の生命・身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効の特例
【改正法】
167条
人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効
権利を行使することができるときから10年⇒20年
724条の2
人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効
損害および加害者を知った時から3年⇒5年

→人の生命や身体に関する利益は,財産的利益等の他の利益と比較して保護すべき度合いが強いため,合理的な範囲内で長期化する趣旨。
これにより,改正民法の下では,人の生命・身体の侵害による損害賠償請求権については,その原因が債務不履行責任であっても,不法行為であっても,主観的起算点からの時効期間は5年となり,客観的起算点からの時効期間は20年となります。

■改正後の労災民事損害賠償請求権(生命身体の侵害)の時効について

 

(5)賃金債権の時効2年についての審議会の動向
<現状・課題>
・労基法115条に規定する賃金債権については,労基法制定時より,民法に規定する使用人の給料にかかる短期消滅時効(1年)の特則として,2年間行使しない場合には時効により消滅するとされている。

・同趣旨は,労働者にとって重要な債権の消滅時効が1年ではその保護に欠ける
一方,民法の10年では使用者に酷であり,取引安全に及ぼす影響も少なくな いという事を踏まえ,当時の工場法の災害扶助の消滅時効に倣い2年にした。

・民法改正により,民法の短期消滅時効が廃止され,一般債権については,①権利行使することができることを知った時から5年,②権利行使をできるときから10年行使しないとき消滅するとされたことを踏まえ,労基法の賃金等請求権の在り方について検討が必要。

■賃金等請求権の消滅時効の在り方について(論点の整理) 概要
(令和元年7月1日公表)
→以下のような課題等を踏まえ、速やかに労働政策審議会で議論すべき。
・「消滅時効期間を延長することにより、企業の適正な労務管理が促進される可能性等を踏まえると、将来にわたり消滅時効期間を2年間のまま維持する合理性に乏しく、労働者の権利を拡充する方向で一定の見直しが必要。」
・「ただし、労使の意見の隔たりが大きい現状も踏まえ、消滅時効規定が労使関係における早期の法的安定性の役割を果たしていることや、大量かつ定期的に発生するといった賃金債権の特殊性に加え、労働時間管理の実態やその在り方、仮に消滅時効期間を見直す場合の企業におけり影響やコストについても留意し、具体的な消滅時効期間については引き続き検討が必要。」
・「新たに主観的起算点を設けることとした場合、どのような場合がそれに当たるのか専門家でないとわからず、労使で新たな紛争が生じるおそれ。」
・ 民法改正の施行期日(2020年4月1日)も念頭に置きつつ、働き方改革法の施行に伴う企業の労務管理の負担の増大も踏まえ、見直し時期や施行期日について速やかに労働政策審議会で検討すべき。

※ 2020年4月は中小企業の労働時間の上限規制、大企業の同一労働同一賃金の施行
・ 仮に見直しを行う場合の経過措置については、以下のいずれかの方法が考えられ、速やかに労働政策審議会で検討すべき。
民法改正の経過措置と同様に、労働契約の締結日を基準に考える方法。賃金等請求権の特殊性等も踏まえ、賃金等請求権の発生日を基準に考える方法。

2.法定利率の改正による企業への影響

法定利率について、主な改正点は以下の通りです。

(改正前)
法定利率は一律年5%(改正前民法404条)
※商事法定利率は年6%(商法514条)

(改正後)
法定利率が当面年3%,さらにその後の金利情勢を受けての変動制へ(新民法404条)。
あわせて商事法定利率を削除しました。

※賃確法の14.6パーセントの遅延損害金については変更ありません。

② 法定利率の主な適用場面である利息の算定(新民法404条1項),遅延損害金の算定(新民法419条),中間利息の控除額の算定(新民法417条の2,722条1項)において,いつの時点の法定利率を適用するか規定しています。

「変動制」の内容については、以下の通りです。
・法定利率を見直す頻度は3年に1度。緩やかな変動となるようにする。
・基準割合算定のための参照期間を,貸出約定平均金利の60ヶ月(5年)の平均を計算することとした。

・変動制の採用:利息を算定するにあたって,どの時点の法定利率が適用されるのか。
⇒利息が生じた最初の時点の法定利率が適用される。
以降ずっとその法定利率が適用され,その後,法定利率が変動したとしても,適 用される利率が途中で変動しないこととする。

・このように定まる法定利率が最初に変動するまでは,当面3%とする。

次に、法定利率改正が企業に及ぼす影響について、詳細に解説します。

・労災事故によって被害者に後遺障害を負わせた場合の後遺障害逸失利益の金額が,従来の金額より増加することとなります。
∵ 従来は,中間利息の控除額を,年5%の利息がつくと仮定して控除していたが,改正によって年3%の利息がつくと仮定して控除することになります。

*中間利息の控除:本来は将来受領するはずの賃金相当分を現在もらうにあたって、将来賃金としてもらえたはずの金額を、現在の値に直して計算すること。

<具体例>
会社の従業員が会社の社有車で営業中,30歳の男性をはね,重い後遺障害を負わせてしまった場合。

・労働能力喪失期間が10年の場合のライプニッツ係数は,現行の5%では7.722であるが,3%になると8.530となります。

・基礎収入を600万円,労働能力喪失率67%(後遺障害6級)とすると,法定利率の差による逸失利益の違いは,
5%の場合 逸失利益=600万円×0.67×7.722=31,042,440円
3%の場合 逸失利益=600万円×0.67×8.530=34,290,600円

約325万円の差が生じます。

次に、賃金不払いについて,以下の通り詳細に解説します。
・法定利率が当面3%となり,商事法定利率の規定も削除されるため,賃金不払いの場合の遅延損害金の法定利率は年3%となります。

・もっとも,賃金の支払いの確保等に関する法律6条,賃金の支払いの確保に関する
法律施行令1条は,退職労働者の未払賃金について,退職の日の翌日から年14.6%の遅延損害金を支払わなければならないと定めています。
⇒民法改正によってもこの点に変更はないので注意が必要です。

・また,過去には解雇された労働者が会社に対して賃金の請求(これに対する遅延損害金),解雇予告手当(これに対する付加金と付加金に対する遅延損害金)を請求した事案において,賃金請求に対する遅延損害金は商事法定利率によるべきとして,年6%の遅延損害金を認める一方,付加金の損害金については,民事法定利率によるべきものとして年5%の遅延損害金を認めた判例があります。
⇒商事法定利率が削除された新民法のものとではどちらの遅延損害金も年3%の法定利率となるため,このような事態が生じることが無くなります。

3.瑕疵ある意思表示

この章では、(1)動機の錯誤,および(2)詐欺取り消しについて,詳細に解説します。

(1)動機の錯誤
(改正前)
意思表示は,法律行為の要素に錯誤があった時は無効とする。

(改正後)
「表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤」について,「その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていた時に限り」錯誤による取消が認められる(改正民法95条1項2号2項)

<具体例>
Y社では,従業員が自らの出退勤時間をPCで入力する方法で出退勤の管理を行っていたところ,Y社従業員Xは出退勤の時間を虚偽入力し,実際よりも就労時間を長く会社に申告していた。また,そのほかにも出張旅費や通勤交通費の二重請求などが見つかったことから,Y社はXに対し自主退職するか懲戒処分を受け入れるかを迫り,Xは退職届を提出した。
しかし,その後,Xは退職の意思表示をしたのはY社がXを懲戒解雇できないにもかかわらず懲戒解雇できると誤信したからであり,動機の錯誤に当たり,しかもそれが使用者であるY社に表示されていたから退職の意思表示は錯誤により無効であると主張し,従業員としての地位確認などを求めて提訴した。

(2)詐欺取消について
(改正前)
1 詐欺又は強迫による意思表示は,取り消すことができる。
2  相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては,相手方がその事実を知っていたときに限り,その意思表示を取り消すことができる。
3 前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは,善意の第三者に対抗することができない。

(改正後)
1 詐欺又は強迫による意思表示は,取り消すことができる。
2  相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては,相手方がその事実を知り,又は知ることができたときに限り,その意思表示を取り消すことができる。
3 前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは,善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。

<具体例>
甲は,不動産業者乙の仲介により丙からA土地を購入した。甲がA土地を購入したのは,乙からA土地は3年後には土地開発によって価格が5倍になるとだまされたからであった。
甲が乙に騙されたのを知ったのは,丙からA土地を購入したあとだった。
甲は,丙と締結したA土地の売買契約を取り消すことができるか。

4.保証

この章では、(1)個人保証の制限,および(2)契約締結時及び契約締結後の情報提供義務について,詳細に解説します。

(1)個人保証の制限
現行法では,融資等の保証人となる場合には,書面でこれを行うことになっています(旧民法446条2項)しかし,書面による場合であっても,事業用の融資について安易に保証人となって予想外の損害を被る例が多くありました。
そこで,新民法では以下の改正を行いました。

事業のために負担した貸金等債務を主たる債務とする保証契約
主たる債務の範囲に事業のために負担する貸金等債務が含まれる根保証契約については効力発生要件として以下の項目を満たす必要がある。

公正証書での意思表示が必要(改正民法465条の6第1項)
保証の内容を公証人に口頭で伝える必要(改正民法465条の6第2項1号)
公証人による確認(改正民法465条の6第2項2号3号,4号)

※例外として…
但し,保証人が次に該当する場合は公正証書不要
法人
主債務者が法人である場合
ⅰ 主債務者の取締役等
ⅱ 主債務者の議決権50%超保有個人等
主債務者が個人である場合
ⅰ 主債務者と共同して事業を行う者
ⅱ 主債務者が行う事業に現に従事している主債務者の配偶者

∵①~③については,主債務者の事業状況を把握することができる立場にあり,保証のリスクを十分に認識せずに保証契約を締結するリスクが類型的に低いといえます。また,中小企業融資の実情を考慮し,公正証書不要としています。

第465条の6
1 事業のために負担した貸金等債務を主たる債務とする保証契約又は主たる債務の範囲に事業のために負担する貸金等債務が含まれる根保証契約は,その契約の締結に先立ち,その締結の日前一箇月以内に作成された公正証書で保証人になろうとする者が保証債務を履行する意思を表示していなければ,その効力を生じない。
3 前二項の規定は,保証人になろうとする者が法人である場合には,適用しない。

なお,民法465条の6第1項で要求されているのは,保証債務を履行する意思(保証意思)の表示を公正証書で行うこと。保証契約そのものを公正証書で行うことまでは求められていない。先に公正証書を作成しておいて,それから1か月以内に,保証契約を書面又は電磁的記録で締結する(民法446条)という手順になる。

(2)契約締結時及び契約締結後の情報提供義務
個人が保証人となる保証契約を締結しようとする場合(限定),主たる債務の内容や主たる債務者の経済状況を知らなければ,不測の事態に陥る可能性がある。
また,保証契約が有効となったとしても,その後主債務者が債務不履行に陥り遅延損害金が増大して多額の保証債務の履行を強いられる恐れもある。
そこで,保証人保護のために以下の改正。

主たる債務者は,保証人に対し,財産及び収支の状況,主たる債務以外に負担している債務の有無並びにその額及び履行状況等の重要事項に関して,情報を
提供しなければならない(改正民法465条の10第1項)
保証人から請求があった時は,債権者は保証人に対し,遅滞なく,主たる債務の元本及び利息等の不履行の有無並びにこれらの残額及びそのうち弁済期が到来しているものの額に関する情報を提供しなければならない(改正民法458条の2)

(主たる債務の履行状況に関する情報の提供義務)
第458条の2
保証人が主たる債務者の委託を受けて保証をした場合において,保証人の請求があったときは,債権者は,保証人に対し,遅滞なく,主たる債務の元本及び主たる債務に関する利息,違約金,損害賠償その他その債務に従たる全てのものについての不履行の有無並びにこれらの残額及びそのうち弁済期が到来しているものの額に関する情報を提供しなければならない。

(主たる債務者が期限の利益を喪失した場合における情報の提供義務)
第458条の3
1 主たる債務者が期限の利益を有する場合において,その利益を喪失したときは,債権者は,保証人に対し,その利益の喪失を知った時から二箇月以内に,その旨を通知しなければならない。
2 前項の期間内に同項の通知をしなかったときは,債権者は,保証人に対し,主たる債務者が期限の利益を喪失した時から同項の通知を現にするまでに生じた遅延損害金(期限の利益を喪失しなかったとしても生ずべきものを除く。)に係る保証債務の履行を請求することができない。
3 前二項の規定は,保証人が法人である場合には,適用しない。

■これまでの規定例…
第○条(保証差入義務)
借入人は,本契約締結日に,Aをして,本債務を借入人と連帯して保証する旨の保証書を作成・押印のうえ, 貸付人に提出させるものとする。
(注)Aが法人や主債務者の取締役等でないことが前提
■リスク(貸付人):
・保証人の請求に応じ主債務の履行状況等の情報提供しないと損害賠償請求されるおそれ
・失期時の保証人宛通知を失念すると遅延損害金の一部が無保証になるおそれ
・逆に,情報提供すると借入人から損害賠償請求されるおそれ?(個人情報保護法は適用除外)

■契約上の対応策:
貸付人から保証人への情報提供義務を保証書等に明記
保証人への情報提供を借入人が許容する 文言をいれる

■イメージ:
②借入人は,貸付人が民法第458条の2又は第458条の3に基づいて保証人に対し情報提供を行う場合があることを認識し,当該情報提供に関して異議を述べないものとする。

■情報提供までの手続の流れは…
保証人が「情報提供請求書」といった書面を債権者に提出する,
債権者が委託の有無を確認する,
返済状況や残高などの情報を開示する(取引履歴の開示で代えてもよい),ことになる。
債権者がこれに応じない場合,債務不履行を根拠として,保証人からの損害賠償請求や,保証契約の解除が認められる可能性があり。
保証人は,「主たる債務に関する利息,違約金,損害賠償その他その債務に従たるすべてのもの」について履行責任を負う(民法447条)。
主債務者が,借金の返済や,売買代金の支払などを滞って,履行遅滞に陥った場合,それ以降主債務について,遅延損害金が発生し続ける。とくに,「期限の利益」(分割払い等)を失って,すぐに一括払いをしなければいけなくなった後だと,元本全体について遅延損害金がかかってしまう場合の問題。元本20万円,遅延損害金140万円(しかも時効未完成利)といった例も息制限法の上限で遅延損害金の利率を約束していた場合遅延損害金は多額に。

5.定型約款

最後の章では、以下について解説します。
(1)「定型約款」とは
(2)定型約款が契約の内容になる場合
(3)みなし合意からの除外
(4)経過措置

以下、詳細に解説します。
(1)「定型約款」とは
定型取引(ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって,その
内容の全部または一部が画一的であることが双方にとって合理的なものをいう)に
おいて,契約の内容とすることを目的として,その特定の者により準備された条項
の総体のこと。

<具体例>
・保険約款,クレジットカード規約,運送約款,建築請負約款,銀行取引約款,保険約款,宿泊約款,ソフトウェア利用規約,預金規定,
※労働契約や事業者間契約(BtoB)において利用される約款や契約書の雛形は,定型約款に該当しません。

(定型約款の合意)
第548条の2
1 定型取引(ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって,その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なものをいう。以下同じ。)を行うことの合意(次条において「定型取引合意」という。)をした者は,次に掲げる場合には,定型約款(定型取引において,契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体をいう。以下同じ。)の個別の条項についても合意をしたものとみなす。
一 定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき。
二 定型約款を準備した者(以下「定型約款準備者」という。)があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき。
2 前項の規定にかかわらず,同項の条項のうち,相手方の権利を制限し,又は相手方の義務を加重する条項であって,その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして第1条第2項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては,合意をしなかったものとみなす。

(2)定型約款が契約の内容になる場合
①定型約款を契約の内容とする旨の合意をした時
又は,
②定型約款準備者(定型約款を準備した者)があらかじめその定型約款を契約の内容
とする旨を相手方に伝えていた時

この場合,定型約款の個別条項についても合意したものとみなします。(みなし合意)

※①は,約款どおりに契約書を作る場合ではなく,「~については約款に従う」という風な条項を契約書に用意して,約款(条項の総体)を包括的に契約へと組み入れる場合を想定。例えば,私の事務所の委任契約書には,「経済的利益の額は,乙の弁護士報酬等規程に定める方法で算出する」という条項があります。

※②は,定型取引合意に先行して,「定型約款どおりにやらせてもらいますよ」と表示しておくケースです。そういう表示を前提にしつつ定型取引合意に踏み切っている以上,お客さん(不特定多数の者)の側も,約款を合意に組み入れることについて,黙示的にOKしていると捉えられます。

(3)みなし合意からの除外
相手方の権利を制限し,又は相手方の義務を加重する条項であって,その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして信義則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては,合意をしなかったものとみなします。

(改正民法548条の2第2項)
第1類型:不当条項
例)相手方に過大な違約金あるいはキャンセル料を支払わせる条項
第2類型:不意打ち条項
例)定型取引とは全く関係ない英会話セット教材がセットで販売される条項

■備考
改正法が施行される前に企業との間で締結された契約も,民法548条の2~4の規律の対象になるのが原則ですが,2020年3月31日までに「反対の
意思表示」をしておくと,民法548条の2~4は適用されません。

(定型約款の内容の表示)
第548条の3
1 定型取引を行い,又は行おうとする定型約款準備者は,定型取引合意の前又は定型取引合意の後相当の期間内に相手方から請求があった場合には,遅滞なく,相当な方法でその定型約款の内容を示さなければならない。ただし,定型約款準備者が既に相手方に対して定型約款を記載した書面を交付し,又はこれを記録した電磁的記録を提供していたときは,この限りでない。
2 定型約款準備者が定型取引合意の前において前項の請求を拒んだときは,前条の規定は,適用しない。ただし,一時的な通信障害が発生した場合その他正当な事由がある場合は,この限りでない。

■定型約款の表示請求の趣旨…
定型取引の当事者に定型約款の内容を知る権利を保障するため,定型約款準備者による定型約款の内容の表示義務を定めたものをいいます。

■「相当な方法」の例…
・定型約款を書面又は電子メール等で送付
・相手方の面前で定型約款を示す
・自社のホームページに掲載し,請求があった場合にホームページを閲覧するよう促す方法等

■「書面」・「電磁的記録」による提供
・契約締結時に定型約款を記載した書面を交付する方法
・その内容を記録したCDやDVDを交付する方法等

(定型約款の変更)
第548条の4
1 定型約款準備者は,次に掲げる場合には,定型約款の変更をすることにより,変更後の定型約款の条項について合意があったものとみなし,個別に相手方と合意をすることなく契約の内容を変更することができる。
一 定型約款の変更が,相手方の一般の利益に適合するとき。
二 定型約款の変更が,契約をした目的に反せず,かつ,変更の必要性,変更後の内容の相当性,この条の規定により定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無及びその内容その他の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき。
2 定型約款準備者は,前項の規定による定型約款の変更をするときは,その効力発生時期を定め,かつ,定型約款を変更する旨及び変更後の定型約款の内容並びにその効力発生時期をインターネットの利用その他の適切な方法により周知しなければならない。
3 第1項第2号の規定による定型約款の変更は,前項の効力発生時期が到来するまでに同項の規定による周知をしなければ,その効力を生じない。
4 第548条の2第2項の規定は,第1項の規定による定型約款の変更については,適用しない。

■定型約款の変更の要件
① 実体的要件(1項)
ⅰ変更が,相手方の一般の利益に適合するとき【有利な変更】
または
ⅱ変更が,契約をした目的に反せず,かつ,変更に係る事情に照らして
合理的なものであるとき【不利益を生ずる変更】
② 手続的要件(2項)
その効力発生時期を定め,かつ,定型約款を変更する旨及び変更後の定型約款の内容並びにその効力発生時期をインターネットの利用その他の適切な方法により周知しなければなりません。
(4)経過措置
(1)経過措置とは
新法と旧法の適用関係について整理している附則。
(2)消滅時効について
・施行日前に債権が生じた場合における債権の消滅時効の期間については,なお従前の例によります(附則10条4項)。
・不法行為については,施行日前に期間制限にかかっていなければすべて新法が適用されます。
・施行日前に時効中断事由(旧147条)又は時効停止事由(旧158条~161条)が生じた場合,これらの事由の効力については,旧法が適用されます(附則10条2項)。施行日より前に,協議を行う旨の合意をしても,改正後民法151条による時効の完成猶予はありません。
(3)利息について
利息の発生時期を基準に,発生日が施行日前なら従前の例によります。
施行日以降であれば新法によります。
(4)保証について
施行日以降に締結された保証契約について新法が適用されます。
なお,公正証書の作成については,施行日前から可能です。
(5)定型約款について
施行日前に締結された定型取引にかかる契約にも適用されます。
ただし,旧法の規定によって生じた効力を妨げません。
※施行日までに契約の当事者の一方により反対の意思表示が書面でなされた場合には,適用しません。

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